概説
肩甲挙筋損傷は日常よく見られる疾病で、多くは曖昧な診断をされる頚部損傷です。背中や肩甲骨部分の痛みを呈することもあります。また、頚椎病や肩関節周囲炎と診断されることもあります。大半は突発的な動作で損傷されます。急に後方へ手を伸ばしたり、肩甲骨挙上や上方回旋したりすると、肩甲挙筋が突然強く収縮し、肩甲骨周囲の軟部組織の影響により、肩甲骨と肩甲挙筋の協調動作が出来なくなり、肩甲骨内側の上角に付着する部位に損傷が起こります。多くのケースは4つの頚椎横突起(肩甲挙筋の起始部)の損傷部位に明らかな結節変性が認められます。一般的な治療法では難渋しますが、針刀療法では奏効することが多いです。
解剖
肩甲挙筋は第1~4頚椎の横突起の後結節から起こり、肩甲骨の上角と内側縁の上部に停止します。作用は肩甲骨の挙上です。
病因病理
特殊な状況下で肩甲骨を素早く動かすために、肩甲骨を挙上、内上方回旋させると突然、肩甲挙筋が収縮し肩甲骨運動に関わる多くの筋肉が協同収縮、弛緩が出来なくなり、よく肩甲挙筋損傷を引き起こすのです。
この筋の損傷の大多数は筋腱部位に有り、即ちこの筋の起始部であり、損傷すると仕事や私生活に影響を与えます。急性発作時、肩甲骨内側縁上部に疼痛があり、徐々に痛みが増悪します。休憩或いは疼痛動作を回避することで軽快します。その後慢性症状が出現します。
臨床表現
この疾病はほとんどの場合片側に発症し、両側発症することは稀です。慢性化すると長引き、治りにくくなります。患側上肢は後方に挙げることが制限され、背中をかく時に手が届かなくなります。患側の肩甲骨内側上部と首上部に疼痛を訴え、体幹上部を後方に反らす動作で不快感を感じます。睡眠時に健側を下にすると、寝返りしにくくなります。日中は患側の肩が挙上しているような変化がよく見られます。
診断の根拠
1.突然損傷した既往がある
2.肩甲骨内側縁上部及び肩甲骨上角に1~2か所、圧痛点がある
3.第1~4頚椎横突起に圧痛点がある
4.肩伸展、肩甲骨挙上或いは下方回旋で疼痛の増悪が見られる、又は動作が完全に行えない
治療理論
針刀医学の慢性軟部組織損傷に関する理論によると、肩甲挙筋損傷後に癒着、瘢痕、痙縮が発生し頚背部の動態平衡失調を引き起こし、上記の臨床症状が出現します。慢性期の急性発作時に、浮腫みから滲出した液体が末梢神経を刺激して上記の臨床症状を増悪させます。このような理論に基づき、針刀で患側の肩甲挙筋起始部の癒着を解消し、瘢痕を削ると肩背部の動態平衡失調は回復し、この病は根治できます。
治療方法
圧痛点が肩甲骨上角辺りに有った場合、針先の向きと肩甲挙筋の軸を平行にして、針体と肩背部平面を90度で刺入し、肋骨面に当てます。まず縦に剥離し、その後針を傾斜させ針体と肩甲骨平面の角度を130度にします。刃は肩甲骨の縁で骨面上を縦に切開剥離し、これを1,2回行います。
圧痛点が頚椎横突起に有る場合、横突起部に刺入し針先の向きと頚椎の縦軸は平行に刺入し横突起部に当てる時、まず縦に剥離し次に横へ剥離します(この時針先は終始横突起骨面上で行う)。
おわりに
この肩甲挙筋損傷ですが、私自身過去に発症したことがあります。当時、久しぶりに登山へ行きその途中で痛めました。リュックを背負い山道を歩くと、肩甲挙筋に負荷がかかります。下山して2~3週間しても痛みがとれず、鍼施術で軽快しました。上記の説明では肩甲骨上角への刺鍼がありますが、気胸のリスクがあります。そのため北京堂では頚部のみ刺鍼しましょうということになっています。
参考文献:朱汉章,针刀医学原理,人民卫生出版社:2002