概説
中殿筋損傷は急性・慢性の2種類あります。急性損傷者は局部の張痛が著明で複雑な臨床症状はありません。とても少数ではありますが、損傷が比較的重度で内出血が多く、近くの神経や血管に影響を与えて臀部の麻痺が出現する他、坐骨神経痛で歩行障害が起こることもよく見られます。梨状筋に影響が及ぶと診断はさらに困難になります。慢性中殿筋損傷の発病率は骨傷科の中で比較的に高く、よく梨状筋損傷や坐骨神経痛と誤診されてしまいます。はっきり診断できる医師でも、難治性で多くは常にこの病を抱える状態になります。
解剖
臀部中層筋肉は上から下へ中殿筋、梨状筋、内閉鎖筋、大腿方形筋と分けられます。中殿筋の起始部は腸骨の腸骨翼外側と後殿筋線の間で停止部は大腿骨大転子の上面、前面、外側面です。作用は股関節の外転、外旋、屈曲、伸展です。中殿筋自体は上殿神経の支配を受けています。
梨状筋は中殿筋と連結しており、大坐骨切痕と仙骨前側から起こり、大転子上縁に停止しており、この停止部は特に強い連結をしています。梨状筋は大坐骨孔から出た後、大坐骨孔で梨状筋上孔と下孔に分かれ、この2孔に骨盤内神経と臀部、下肢へ向かう血管が必ず通過する孔なのです。そのため、中殿筋病変後必然的に梨状筋と緊密に関係する神経、血管に影響を与えます。
病因病理
中殿筋損傷の多くは突然強い股関節の外転時によるもので、股関節屈曲、内転、伸展、外旋動作時の損傷は比較的少ないです。損傷して日がたつほど中殿筋の癒着、痙縮、付近の軟部組織の癒着(大部分は筋膜損傷による痙縮や癒着)が起こります。もしその他の軟部組織と中殿筋隣接部自体が同時に損傷したら、中殿筋と他の軟部組織の癒着することは多いですが、このような状況は多くありません。
中殿筋の癒着はそれ自体が活動制限を受けること以外に、周囲の軟部組織との圧縮、摩擦によりその他の軟部組織の臨床症状を引き起こします。もし梨状筋に圧縮や牽引が加わったら、梨状筋症候群に近い症状が出現するでしょう。梨状筋上下孔の神経や血管を圧迫し、下肢の疼痛や麻痺、冷えなどの症状をきたします。
臨床症状
中殿筋損傷は中殿筋損傷が影響を与える範囲と病理変化により、単純型、梨状筋症候群型、混合型の3つに分けられます。
1.単純型:中殿筋自体が損傷を受け、他の軟部組織に影響せず中殿筋自体に1~2個の圧痛点が有り、多くは関連痛を引き起こしません。患者の疼痛は限局しており、下肢は軽微な疼痛と感覚障害がある程度です。
2.梨状筋症候群型:中殿筋自体の痛点があり、圧痛は梨状筋に波及し、梨状筋牽引試験を行うと中殿筋の疼痛が増悪します。梨状筋に圧痛点が有りますが、全て比較的軽度で疼痛範囲は不明瞭か或いは下肢痛があります。
3.混合型:中殿筋自体に圧痛点、圧痛があります。梨状筋もまた疼痛、圧痛があります。中殿筋と梨状筋を圧迫すると下肢に沿って坐骨神経が関連する疼痛や麻痺を引き起こします。患者の主訴は歩行、起立時の下肢痛と感覚障害、冷えなどです。
診断の根拠
1.中殿筋損傷の既往歴がある
2.中殿筋が付着する区域に疼痛と圧痛があり、梨状筋に圧痛は無く患側下肢に軽度な感覚障害があります。患者の股関節を能動的に外転運動してもらい、疼痛点の痛みが増悪し、これが中殿筋損傷単純型である。
3.中殿筋が付着する区域に疼痛があり、圧痛の位置は下に偏り、かつ梨状筋を投影する区域もまた疼痛と圧痛(殿裂上端と患側上後腸骨棘を結ぶ線の中点と同側大腿骨大転子を結ぶ線、即ち梨状筋の表面投影である)があり、痛点と中殿筋上の痛点は隣接しており、2つの痛点は不明瞭で明確に分けるのは難しく、一か所をつなぐと梨状筋牽引試験で疼痛の増悪が起こり、下肢の感覚ははっきりせず、これが中殿筋損傷の梨状筋症候群型である。
4.中殿筋が付着する区域に疼痛と圧痛があり、関連する下肢に沿った坐骨神経痛、麻痺もみられる。梨状筋表面投影区に疼痛があり、下肢の坐骨神経に沿った痛み、麻痺が増悪する。患者は歩行、起立で下肢痛がひどくなる。これが中殿筋損傷の混合型である。
治療理論
針刀医学の慢性軟部組織損傷理論によると、中殿筋損傷後、癒着、瘢痕、痙縮が引き起こされ、殿筋の動態平衡失調を伴い、上記の臨床表現を発生させます。慢性期の急性発病時に病変組織の水腫に溜まった液体が末梢神経を刺激して上記の臨床表現を増悪させます。上記の理論によると、中殿筋損傷の主な部位は付着部で針刀を用いて癒着を解消し、瘢痕を剝離し、殿筋の動態平衡失調を回復させるとこの病は根治に至ります。
針刀治療
患者はベッド上側臥位で、患側を上、健側を下にします。健側の下肢は伸ばし、患側は膝関節を屈曲します。
1.単純型
単純型の損傷部位の多くは中殿筋の起始部です。圧痛点は即ち刺鍼部位です。刃先のラインと中殿筋筋線維は平行にして、針体と腸骨面は垂直に刺入します。骨面ではまず縦に剝離し、次に横へ剝離します。
2.梨状筋症候群型
まず、中殿筋自体の痛点に針を刺入し、方法は単純型と同じです。その他に梨状筋の圧痛点に刺針します。刃先のラインと梨状筋の走行は平行にして針体と臀部は垂直にして、この梨状筋筋腹の筋縦軸に沿ってまず縦に剝離し、次に切開剥離を1,2回行い抜針します。
3.混合型
始めの治療は梨状筋症候群型と同じで、その後中殿筋と梨状筋の圧痛点の間、2つの痛点を結ぶ線の中間に刺針し、刃先のラインと中殿筋筋線維方向は平行に刺入し、この骨面で縦に2,3回剥離し抜針します。その後梨状筋牽引試験を行います。
おわりに
上記の解説では梨状筋と強い連結があるので、中殿筋単独なのか梨状筋症候群型なのか、混合型なのか鑑別して治療しましょうという話でした。
中殿筋は面積が大きい筋肉で、図で分かるように前部、後部に分けられます。前部の筋腹は股関節外転の他に屈曲、内旋に作用し、後部の筋腹は股関節外転の他に伸展に作用します。中殿筋の疼痛が前部なのか、後部なのか、全域なのか、細かく評価することが重要です。前部と後部の詳しい筋の走行は参考文献に挙げた触察法の書籍を確認してください。
また、中殿筋の奥には似たような形の小殿筋という筋肉があります。体表から触診すると問題筋が中殿筋なのか小殿筋なのか、判断が難しいケースがあります。小殿筋も問題が生じていることを念頭に評価、治療を行うことがポイントになってきます。
参考文献:
河上敬介 他(編),改訂第2版 骨格筋の形と触察法,大峰閣:2013
朱汉章,针刀医学原理,人民卫生出版社:2002