概説
本疾患は様々な原因により引き起こされる胃粘膜の慢性的な炎症、又は萎縮病変を指します。その本質は胃粘膜が繰り返し損傷を受けた後、粘膜特有の再生能力により、粘膜がリモデリングされ、最終的に胃腺の不可逆的な萎縮、或いは消失に至ることです。 本疾患は非常に一般的で、胃内視鏡検査を受ける患者の80~90%を占めます。男女比は男性の方が多く、発症率は年齢と共に増加します。
解剖
胃は袋状の臓器です。食道につながる近位端は比較的膨らんでおり、遠位端に向かって徐々に狭くなり、十二指腸に移行します。前後2つの壁があり、やや前上方へ向かうのを前壁、やや後下方へ向かうのが後壁です。前壁と後壁は上下に弓状の縁でつながっており、上方の壁は凹縁を形成しており、これを小弯といいます。
下方にある弓状の縁は大弯といい、大弯の長さは小弯の4倍あります。大弯は食道腹部左縁の延長で、噴門から始まり、鋭角に左上方へ向かい、弓状の弯曲を作り、右に曲がり幽門へ続きます。食道と大弯の起始部は夾角で、噴門切痕といいます。この部位の内面には、切痕と一致する粘膜ひだがあり、噴門ひだといい、このひだは噴門を覆う役割があります。


胃は通常4つの部位に分けられます。噴門付近の領域は噴門部と呼ばれ、この部位と胃の他部位は明瞭な境界がありません。この噴門から大弯へ向かう水平線より上の領域(高さ約2.08cm)を胃底部といいます。水平線以下、幽門部までの間を胃体部といいます。角切痕から対応する大弯側に膨隆があり、角切痕からその膨隆に接線を引き。この接線より遠位側を幽門部といいます。
多くの場合、噴門は第11胸椎の高さにあり、幽門は第1腰椎の高さにあります。
胃壁の構造
粘膜
胃粘膜は他の消化管の部分よりも厚く、約0.3~1.5mmです。幽門部分で最も厚く、噴門部分では比較的薄くなります。胃粘膜は通常、柔らかく、表面は滑らかで、色はバラ色、又は淡い灰赤色ですが、幽門と噴門付近は青白く、若年者だと鮮やかな色をしています。
小弯にそって4~5本の縦方向の溝があり、これを胃体管といいます。
胃と十二指腸の接合部では、幽門括約筋の作用により、この部分の粘膜が環状のひだを形成し、幽門弁を形成します。括約筋が収縮すると幽門が閉じ、胃の内容物が十二指腸へ流入するのを防ぎます。
胃粘膜の表面全体には、多数の浅い溝が網目状に絡み合っており、胃粘膜表面に直径1~6mmの膨隆があり、これを胃小区といいます。胃小区の表面には多くの陥凹があり、これを胃腺小窩といいます。
胃の上皮は固有の膜内陥凹部に大量の胃腺があり、噴門腺、胃底腺、幽門腺という3種類に区別されます。
種類 | 部位 | 腺細胞 | 分泌液 |
噴門腺 | 噴門部 | 副細胞 | 粘液 |
幽門腺 | 幽門部 | 副細胞 | 粘液 |
胃底腺 | 胃底部 胃体部 | 主細胞 副細胞 壁細胞 | ペプシノーゲン 粘液 胃酸(塩酸) |
胃液は主として胃底腺から1日1.5ℓ~2.5ℓ分泌されます。pHは状態により異なりますが1.0~2.5です(強酸性)。
胃酸は蛋白分解酵素であるペプシノーゲンを活性化する作用があり、タンパク質の消化に重要な役割を果たしています。
胃の粘膜は強酸性の上、タンパク質分解酵素を含む過酷な環境にあります。このため、胃自体を消化しないように粘膜バリアを張っています。粘液は粘膜に密着し、厚さ5~200㎛の膜を形成します。また、表面上皮細胞から分泌される粘液はアルカリ性で、胃の粘膜表面が胃液と接触する事を防ぎます。
病因・病理
慢性胃炎の発生は環境的要素と発症しやすい体質と関係があると考えられています。物理的、科学的、生物的な有害要素が長期間、反復して人体に加わることで、本疾患が引き起こし易くなります。これらの病因が持続的、反復的に作用することで、慢性病変が形成されます。
・物理的要因
濃い茶、強い酒、コーヒーの長期摂取、熱すぎる食物、冷えすぎた食物、咀嚼が不十分で塊状の食物は、胃の粘膜に損傷を与える可能性があります。
・化学的要因
アスピリンやインドメタシンなどの非ステロイド性抗炎症薬の長期大量使用は、胃粘膜におけるプロスタグランジンの合成を阻害し、粘膜バリアを破壊する可能性があります。タバコに含まれるニコチンは、胃粘膜の血行に影響を与えるだけでなく、幽門括約筋の機能不全や胆汁の逆流を引き起こします。様々な原因による胆汁の逆流は、粘膜バリアを破壊する場合があります。
・生物学的要因
細菌では特にヘリコバクターピロリ(HP)菌の感染は、慢性胃炎と密接な関係があります。そのメカニズムは、HPがらせん状の絨毛構造を有し、粘液叢の中を自由に動き、粘膜細胞と密接に接触して、胃粘膜に直接進入します。また、様々な酵素とその代謝産物であるアンモニア、スーパーオキシドジスムターゼ、蛋白分解酵素、ホスホリパ-ゼAなどが胃粘膜を破壊します。この他にHP抗体は自己免疫障害を引き起こす可能性があります。
・免疫的要因
慢性萎縮性胃炎患者の血清中には壁細胞抗体(PCA)が検出され、悪性貧血患者には内因子抗体(IFA)が検出されます。壁細胞抗原とPCAにより形成される免疫複合体は、補体の関与により壁細胞を破壊します。IFAが内因子に結合すると、ビタミンB12と内因子の結合を阻害し、悪性貧血を引き起こします。
・その他の要因
心不全、門脈圧亢進症を伴う肝硬変、栄養失調などはいずれも慢性胃炎の原因となります。糖尿病、甲状腺疾患、慢性副腎皮質機能不全、シェーグレン症候群の患者は萎縮性胃炎を発症することが多いです。胃液過多、胃ポリープ、胃潰瘍などの疾患も慢性萎縮性胃炎と関連することが多く、遺伝的要因も重要視されています。
針刀医学の研究では、慢性胃炎の根本原因は胃そのものではなく、軟部組織の損傷や対応する胸椎の変位により、胃を支配する交感神経と迷走神経が牽引・圧迫され、胃の生理活動が低下するか、胃自体の労作性損傷により微小循環障害や関連組織の痙縮が引き起こされるか、胃の電気生理学的回路の制御機能の異常により、引き起こされると考えられています。
上記の3つの問題は胃自体の代謝を緩慢にして、十分な栄養が供給されなくなります。これは根本的な病理変化です。このような慢性的炎症反応に至るのは、胃の緊急的反応に過ぎないのです。
臨床表現
ほとんどの患者は通常無症状ですが、上腹部痛、食欲不振、食後の膨満感、胃酸逆流などの消化不良症状を呈する場合もあります。
萎縮性胃炎の患者では、貧血、体重減少、舌炎、下痢などがみられることがあります。粘膜びらんを伴う一部の患者では、顕著な上腹部痛がみられ、出血を伴うこともあります。
診断の要点
現代医学的検査(胃酸測定、ヘリコバクターピロリ菌検査など)により分かる病理状況の他に、針刀医学では慢性胃炎の根本原因を追究します。
・上部胸椎の正面X線検査により、相応の胸椎に転移があるか確認する
・相応の胸椎の上下と左右各3寸に圧痛や結節があるか確認する。
治療法
1.背面の治療
Th4~L1までの棘突起から2~3cm外側の夾脊への刺鍼
かつTh4~Th7は重要な治療ポイントとなるので、図のように外側へ2~3列刺鍼します。鍼の長さは体型により異なり40mm~75mmを使用します。


前面の治療
針刀医学では白線の癒着や瘢痕を緩めるため、腹部の治療を行います。
①剣状突起頂点
鍼体は皮膚に垂直方向で、剣状突起頂点から刺入し、剣状突起の骨面を擦ります。
②剣状突起と臍の中点
鍼体は皮膚に垂直方向で、刺入していくとゴム様の硬い組織があり、その部分を切るように操作します。
③臍と恥骨結合の中点
鍼体は皮膚に垂直方向で、刺入していくとゴム様の硬い組織があり、その部分を切るように操作します。
④恥骨結合部
鍼体は皮膚に垂直方向で、恥骨結合部から刺入し、恥骨結合の軟骨面を擦ります。
生活指導
症状が軽快した後、暴飲暴食は避けるように指導します。
食事の時は腹八分目程度に留めるよう指導します。
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